今野華都子氏 × 岩崎剛幸 対談(前編)

今野華都子氏×岩崎剛幸対談
(インタビュアー・文:船井総合研究所 原田裕之)
今野さんにはお会いする度に色々なお話をさせていただいており、素晴らしい経営者であり、人としても大変魅力のあるお美しい方で、姉のような存在だと思っています。

今回は経営も仕事もワクワクして過ごせるようなお話を伺います。
主婦から経営者へ。開業のきっかけ

岩崎: 社長の仕事に携わることになった経緯をお教えいただけますか。

今野: はい。私は現在57歳ですが、今から12年前の45歳の時に、起業することになりました。23歳の時に結婚して、主人と農業を営んでいたのですが、子供2人が大学と高校に行く際に、子供達が希望する学校に進学させる資金が足りないので、私が外に出て働くことを決めたのが最初です。

岩崎: その頃は子供手当などもありませんから、単純にお金が必要だったということですね。最初は何をされましたか。

今野: ごく普通にパートに出ようと思いました。でも1997年のその当時は、不況でパートなどどこも採用してくれず、それなら自分で何か仕事をしようと考えたのが起業のきっかけです。

手に職があるわけでも資格があるわけでもありません。この仕事を選んだのは、たまたま友達がまつ毛パーマをかけてきて、そのクルンとカールしたまつ毛を見た時に凄く可愛いと思ったので、こういった"見た目の訴求"が今の時流なのかな、これを仕事にできたらいいなというような気持ちからです。

岩崎: ご結婚される前は何か仕事はされていましたか。

今野: 普通のOLといいますか、経理の事務と営業の事務をしていました。

岩崎: ご結婚前は、経営者になろうとか、人を指導する立場に立とうといった思いはあったのでしょうか。

今野: 全くありませんでした。ごく普通に結婚して、子供を産み育てて、そして心の騒がない静かな人生を送りたいというのが自分の生き方です。

岩崎: そういう意味では今は環境も大きく変わっていますよね。その当時思い描いていた平穏な暮らしとは真逆の、極めて多忙な日々を送られていると思いますが、今はいかがですか。

今野: 場所が変わっただけで、生き方が変わったわけではないですね。「心が騒がない」というのは、自分の心が穏やかであることです。今は経営者という立場に立っており、取り巻くことは様々です。でもその中で、いかに自分が心穏やかに静かに物事を判断できるのか、それはいつの時も変わらないと思っています。

ですから皆さんが思うように、農業していることと、経済の真っ只中にいることは、確かに周りの騒々しさは異なりますが、自分の心の中が騒がないということに関しては同じだと思います。

岩崎: "心"は今野さんの中でも大切な軸になっているキーワードだと思いますが、心を穏やかにするために、何かご自身で心がけてらっしゃっていることはございますか。

今野: はい。夜、お風呂から上がる際と、お客様のすぐ傍に立つ仕事をしていますので、朝夕もシャワーを浴びるのですが、その時に最後に必ず水をかぶり、自分の心の中を見つめています。

突然、社長という地位になり、それから人によっては「先生」と呼んでくださる方もいます。その言葉によって自分が1mmづつ浮いていないか。それが1cmになり10cmになって、自分がいつも心がけていることと違っている自分に気がつかないときがある。それは他の誰も教えてくれない。だからこの毎日水をかぶる時間が自分にとっては自分の心を確認する時間です。

岩崎: 時間的には一日の中でどれくらいですか。

今野: そうですね。5分から10分だと思います。自分の心の中をのぞいて、どうだったのかという確認です。それは本当に、黙っている1分はとても長いですよね。5分も自分の心の中をのぞいていたら、こういうことがあったなとか色々なことが、自分の中できちんと見えると思うのです。

きめ細かな個別対応でお客様をリピーターに

岩崎: まつ毛パーマを仙台で開業されて、現在のエステ経営をされる時には、非常に数多くの苦労があったとお伺いしております。経験のないところにいきなり飛び込んだ形ですが、すぐに順風満帆ではなく、とても大変なステップを踏まれていらっしゃいますね。当時ご苦労されたエピソードをお話いただけますか。

対談中の今野華都子氏

今野: まず、自分が望む金額をどうすれば手に入れることができるのかを考えました。私の場合は、子供2人を進学させるために30万円必要でしたが、資本金も技術もなく、想いだけで何をすればよいのか考えがつきませんでした。

家賃4万5千円のとてもみすぼらしいマンションを店舗として借りましたが、そこから広告を出す余裕もありません。A4の紙にまつ毛パーマ3,500円とまず値段を書いたものの、お客様にチラシとして渡すための紙もありませんでした。自分で手書きのチラシを1枚持って、一人ひとりに声を掛けていきました。

見事に誰にも相手にされず、邪険にされましたが、それでも根気よく、ニコニコ愛想良く声をかけ続けていると200人目くらいに、「仙台でまつ毛パーマをやっているところがあるの?」と反応してくださる方に出会ったのです。だから今は、街頭で配っているティッシュはいつでも笑顔で「お疲れさま」と言ってもらってあげるようにしています。

岩崎: 船井総研の丸の内オフィスの近くでも、毎日色々な方がティッシュを配っていますが、もらった方がいいですね。

今野: 配る方も、声をかけるタイミングやどのようにすれば受け取ってもらえるかを考えながらティッシュを配っても、興味の無い人が関心を引かれることはありませんので、ひたすら興味のある人に出会うまで待つ、辛抱することでした。

岩崎: 最初のお客様をどう作るか。そしてそのお客様をどのようにしてリピーターにしていくのか。そのあたりが最初の難関でしょうか。

今野: やはりお客様をリピーターにするためには、それ相応の技術が無ければ、また3,500円をもう一回払おうとはなかなか思いませんね。最初はできていましたが、まつ毛パーマが流行り始めてお客様が増えていくうちに、当時の道具では、一人ひとり異なるまつ毛に対応できないことに気づいたのです。

日本中のどの店舗でも、3種類のロット(まつ毛を巻く道具)しかなかったのです。全てのお客様に満足していただくためには、この道具を何とかしなければいけないと寝ても覚めても考え続けていると、ある日、洋裁で使う丸いゴムからヒントを得、全部で12種類のロッドを自作しました。

そしてお客様一人ひとりに、目の大きさや肩幅、雰囲気などに合わせてロットを使い分けて、それぞれに違うまつ毛パーマをかけてみました。

「目が一重なので、目が大きく見えるようにかけましょうか」、「マスカラが付かないようにかけましょうか」、「左右の目の大きさが違うので大きい方の目にバランスが合うようにかけましょうか」という風に、一人ひとりにオリジナルの仕上がりを提案していきました。

岩崎: 当時は、そういった個別対応でまつ毛パーマをかけてくれるようなお店はないですよね。

今野: ないですね。私はそれを「一人プロジェクトX」と呼んでいます(笑)よく研究者でも"神が降りてくる瞬間"があるといいますが、まさにその瞬間ですね。他の人にとっては何気ないものが、私にとっては「これだ!」というものになります。やはり、あれこれ考えながらも答えが出なくて悩んでいるカオス的な時間というのは結局、無駄じゃないということです。

人を育てる経営

岩崎: ところで、人を雇うことになって、他にも苦労されたとお伺いしましたが。

今野: 最初はマンションが狭くて汚いところという条件のところに、私自身も経営者というより個人事業主というか、経営についてもまだ素人の状態でした。

あるとき、私が怪我をしてしまい、パーマをかけられないという事態が起きました。ある伝手で25歳の方にお店をお手伝いいただくことにしました。実際に来てもらうと、とても無愛想で今までたくさん問題を抱えていたような人でした。お客様から苦情はくるし、私の言うことは聞いてくれないような方でした。

岩崎: 例えば言葉遣いが汚いといった話ですか。

今野: それもありました。私が何か注意すると、「やってますよ」「知らねえよ」といった具合で、言葉遣いから始まって、髪型、歩き方、お茶出し、お客様への態度など、私から見れば一つひとつ目に余る、気に障ることばかりで、3ヶ月も経たないうちに、お客様から「あの子を辞めさせなさい」と、決定的な苦情が来るまでになりました。

岩崎: お客様から辞めさせなさいと言われるのは相当なことですが、それでどうされたのですか。

今野: 「あなたの教育がなっていないからではなくて、元々あの子が悪いのよ。元が悪いから教育したって仕方がないから辞めさせなさい」というご意見でした。確かに、言われるのも無理がないと私も思いました。そこで「あの子はうちを辞めたどこかで勤まりますか?」と聞いてみました。すると「絶対に無理」と仰います。

「お客様に本当に不愉快な思いをさせているのは私も思っています。でも私達は皆、社会のどこかで働いて生きていかなければいけません。うちを辞めさせてどこでも勤まらなかったら、あの子は社会のどこで働いたらいいと思いますか。

『あなたは要らない』というのはとても簡単だけど、それではその子はどこへ行ってもまた同じことを繰り返すわけです。そうであれば、私もその子を育てますから、お客様も一緒に育ててもらえませんか」

と私が真剣にお話ししたら、そのお客様は何かを感じてくれたようです。それからそのお客様は、私がその子を注意したり、褒めたりしながら直していると、その直ったところをいつも見つけて褒めて下さるようになったのです。

岩崎: お客様から辞めさせなさいと言われるのは相当なことですが、それでどうされたのですか。お客様にヒントをもらったというか、そこから「人を育てる経営」が始まったのですね。

今野: できないには理由があって、結局学んでこなかった過程があったのです。だからそれを「20歳だから知っているはず」「25歳だからできて当たり前」と思っても実際にはできていない人が世の中にはたくさんいるわけです。そこを教えてあげれば良いのです。

たとえばお茶の出し方については、「お茶碗を2つ置いて、急須にお茶を入れて温めて、そしてお茶の葉はこれくらい入れて、こうやって少し待つのよ。待つのはこれくらい時間ね。そして次はこうやってわけるの。そうするとほら、同じ色になるでしょう。おいしそうでしょう。はいどうぞ」と、毎日その子にお茶をいれてあげました。

掃除の仕方も同じです。できないことを責めるのではなく、何度もやってみせることです。人は一度教われば何でもできるかといえば、そうではありません。しかし、教える方は一度教えればできるものだと思うのです。また一度教わったらできるような優秀な人がリーダーになるので、何故できないのかが良く分らないのですね。

対談中の岩崎剛幸

でも、できない子達も、少しの間だけ、見せたり、待ったり、認めてあげたりすると、ものすごく力になって戻ってくるということを実感しています。最初に入った子も2番目に入った子も、12年経った今もうちにいるんですよ。今は私の右腕として卓越した存在になっています。

最初の子は結婚してとても素晴らしい家庭を築いて、今は店長からサブに回っていて、2番目の子が店長をやってくれています。この子達はタラサ志摩グループの中でもかけがえのない存在になってもらっています。

岩崎: それは素晴らしいですね。

今野: このタイプと全く違う、不器用な人や、どこにいってもクビになるような子達が育っていくようになると、今度は初めて優秀だといわれる子達が入ってくるようになるんですね。

最初、できない子達をわざと入れていたわけではありませんが、お金をたくさん払えるわけではない、良い場所に出られるわけではない、誰が見てもここに通いたいと思えるような社屋があるわけではない、経営したことがない人が社長になっている、そんなところに来てもらう人なので、採用するというよりご縁があったから来てもらったような感じでした。

お客様に喜んでいただくことが

岩崎: 経営もまだよくわからない本当に小さいところからスタートされて、ご苦労されながらも順調に経営されて、世界のエステテシャンの集まるコンペティションで優勝されるということもありましたね。

今野: 当初のまつ毛パーマから「エステ」という肌の手入れの仕事にシフトしていきました。経験なく始めることなので、自分がどういう人を目指していけばいいのか考えました。その時、私の年代だから分かる、しみやしわなどのこの年代特有の持っている悩みを解決することに自分の仕事の方向性を決めたのです。

そして色々な仮説を立てながら、「この人の場合はこうしたらしみがなくなるだろうか」と試行錯誤しました。その時に、「第一回LPGインターナショナルコンテスト」で、世界110カ国の中で世界一という最優秀グランプリという賞を頂きました。

岩崎: そうですか。それは何かご自身の仕事観を変えるきっかけになりましたか。

今野: いいえ、自分が生きていく延長線上で、自分ならどうなりたいかというものを追求していった結果がたまたまそうだったということです。

オリンピック選手のように、オリンピックに出るためとか、世界一になるためにそれをやっていったのではなく、「目の前の人を良くしてあげたい。そのためにはどうしたらいいのか」という創意工夫の結果に、たまたま誰かが金シールをつけてくれたのです。

岩崎: では、別にそのコンテストに出ることは、それほど大事なことではなくて、自分がやっているものがお客様に喜んでもらえるものなのだろうかということを客観的に見たかったというところもあるのですか。

今野: そのとおりです。自分のレベルを知りたかっただけなのです。ですから、その時に放送局がカメラを持って取材に来て下さったのですが、私はそれをお断りしました。

うちはベッドが3つしかありませんから、放映され、一日200件くらい電話が来るということがあれば、今まで来てもらっていたお客様が次の予約に半年も待ってもらうことになってしまいます。そんな失礼なことはできないと、その時はメディアに出ることはしませんでした。

売上や利益を考えるのであれば、メディア取材はチャンスです。しかし私がやりたいことは有名になることでもサロンを拡大することでもなく、自分ができる目の前のクオリティを維持しながら、キチンと仕事をしていきたいということです。

ここで一挙に拡大しようとか、ましてや多店舗展開しようとか、そういったことは全く思っていなかったのです。ですから世界一になっても、結果的には仕事の仕方は何も変わりませんでした。

岩崎: その後も純粋に、お客様に喜んで頂くために、お客様の悩みを解決してあげるアドバイスをしていくといった、ずっとやってきたことをそのまま継続されていったということですね。

お客様の立場で、お客様の発想で、きちんと商売をしていっているところでは、不況の時代も結果的には売上も伸びていたり、成長していたりしていると思いますが、やはり業績が厳しくなってくると、売り手発想になっていって、お客様の立場でものごとを進められないこともあるでしょう。そのあたりは、「常にお客様のことを考えて動く」ことが原点なのでしょうか。

今野: そうですね。私は、自分がお客様を満足させていると思っていることと、お客様が満足しているということは違うことだと思っています。だから、いかにお客様に満足して頂くかということを常に考えなければ、お店が大きくなったから、新しいベッドを入れたから、良い環境になったから、お客様が満足しているのかというと、そうではないはずなのです。

それは"自分の満足"なんですね。それは今でも良く分かっています。最初に起業した時は、今思うと笑ってしまいますが、まずエステのベッドが無かったのです。

主婦からカリスマエステティシャンへ

岩崎: エステはベッドがなくてもできるのですか。

今野: その当時はできていました。通販の折りたたみのパイプベッドを二台購入して、私は床に正座していました。ベッドの高さは5、60センチくらいですから、床に正座するとベッドの下に膝が入るくらいの高さなのです。でも不思議なもので、そういうものだと思えば、お客様は特に違和感を持たないようです。

岩崎: 確かにそうですね。例えば中華料理屋で、店内がわりと汚れていたりうるさかったりして、昔から使っているような古いテーブルだったりしますけど、味はものすごく美味しいから満足するということがありますよね。

今野: 決してそれでいいとは思ってはいないのですが、自分が起業する時はそれが精一杯だったのです。でも私はスタッフに、「うちはこれでいい。見た目は気にしなくていいから、これで良いというお客様にだけ来て頂きなさい」とよく言っていました。

そして結局、今もうちがどんなお店になろうとその当時のお客様は変わらず来て下さっています。そして、「あの時良かったよね。あの時こんなに楽しかったよね」と、いつも当時の話をしています。

岩崎: それは何というか、"商売の原点"という感じですね。

今野: そうですね。資金に余裕が出てきて、建物や設備にお金をかけられるようになるのは良いことですが、当時の想いと今の想いが違っていてはいけないと思います。「お店がこんなに良くなったからお客様も満足しているはず」ではないのです。そのことを自分が忘れないようにしなくてはといつも心がけています。

自分がどういう風に生きたいか、仕事をどういう風にしたいと思っているのか。「生き方=仕事の仕方」ですから、その生き方がブレていないのかを確認する時間を大切にしています。

岩崎: なるほど。自分自身への戒めというか、常に原点に戻るということですね。

(後編に続く)


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