鶴岡 秀子

プログラム第2日目ドリームプランプレゼンテーションプレゼンターとして出演 ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社 代表取締役CEO 鶴岡秀子氏

大学卒業後、大手流通業に入社し、一人で20人分の売上を達成し、同社の経営企画・人事企画に異動となる。その後、外資系大手コンサルティングファームで、経営戦略及びヒューマンリソース、ナレッジマネジメントなどのコンサルティングを行う。2000年2月株式会社サイバーブレインズ(現:楽天リサーチ)を創業する。2006年3月より、現職。著書に『一人で20人分の売上! 新人ツルちゃんの接客営業』『10歳から起業すると決めていた』(共にダイヤモンド社)、 『天国体質になる! ~仕事を楽しむ52の秘訣~』(講談社)がある。

● 公式サイト「ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト株式会社」
鶴岡秀子氏
「1000年後の地球のために」、伝説のホテル事業をスタート!

「最近、旦那が減ったよね~」 昔は私財を惜しまず、地域の誰もが使用できる庭園を造って、それが何百年も後も残っていく、そんな事業をする旦那衆、粋な旦那が減ってしまったという話を、鶴岡さんは友人と話していたことがあった。

そんな折、ふと鶴岡さんは思いついてしまったのである。「このアイデアは電車の中で思い浮かんだのだけど、すごい、すごいって思って会社の人や回りの人に話しまくって、その日はみんなで飲みにいっちゃいました」と嬉しそうに鶴岡さんは話す。

鶴岡さんは今、2009年オープンのホテル経営に向けて動き出しているが、その事業の名は「伝説のホテル」、ホテル経営という枠には収まりきらない壮大な事業である。

この伝説のホテル事業は、まず20人にホテルの建物(各ヴィラ)オーナーになってもらうのである。オーナーにはもちろん最初に使用する権利があるので、1年前から自分の好きな日程を抑えられる。1年間の白紙のカレンダーがもらえるようなものである。類似のリゾート事業は、オーナーの数が非常に多いので、はっきりいって好きな日程が取れないことのほうが多いと言う。

「でも自由に使えるといっても別荘なんてせいぜい年間50日とか60日しか使わないですよね、ご自分の資産を囲い込まずに分かち合うという意味もあるのです」、これが冒頭の「現代版、粋な旦那」の仕組みなのである。

ヴィラ模型

オーナーは、ただ自由に泊まることができるだけではない、それぞれのオーナーは自分のヴィラの入口に自分の一番好きなメッセージを掲げることができるのだが、実はそのメッセージは、ホテル内で『W購入』と呼ばれる商品にも書かれていく。例えば、1冊100円のノートを200円で購入して頂くと、1冊は自分の分として、もう1冊は貧しい国の学校に送られる仕組みで、そのノートの中には「7つの教え」というこの事業が一番大事にしている言葉とともに、オーナーのメッセージが掲載されるのである。

そのノートが世界中のいろんな人の手に渡り、ある国でそのノートの言葉に勇気づけられた子供が頑張って成長し、20年後建物オーナーに会いに来てくれたり、「"私も自分の国で伝説のホテルつくりたいです"なんて言ってくれたら最高ですよね」と鶴岡さんの言葉はさらに弾んでいく。

冒頭、鶴岡さんが思いついてしまったすごいシステムとは、ホテルの稼働率が上がり、既定ラインよりも上ブレした場合は、規定された利益の半分はオーナーに、半分は建物オーナーの名前でチャリティに寄付される仕組みのこと。

世界の教育事業や環境事業に対して建物オーナーが、新たにチャリティとして拠出するのではなく、オーナーに支払う家賃の中から、オーナーの名前で自動的に寄付されるところがユニークなのである。

1000年の話をしていると、もう私利私欲は消えて、そういう話じゃないよねってことになってくるのです

■「1000年後を変える伝説のホテル」とは、どう捉えたらいいのでしょうか?

「泊まることで1000年後に役立つ伝説のホテルでありたいって、どうやって1000年後を変えるのですか?」という質問を頂くことがあります。

なんで1000年後になったかというところから説明すると、きっかけは、アントレプレナーセンターの福島先生との会話でした。 「鶴ちゃん(鶴岡さん)、人間1億円くらいのお金はすぐ使えるんだよね、あれ買ってみたかったとかなんやらで。10億円あっても、頑張れば使える。でもね、100億円超えてくると世の中のことを考えないと使い道がなくなってくるらしいよ」 その話を聞いて面白いなと思い、そのとき私は大きな視野とか長い時間考えると視点が変わってくることに共感したのです。

「例えば1年後といったら自分のこと、10年後といったら子供に何をしてやれるか、100年後っていうとまだ自分の孫とかひ孫を想像できてしまいます。"おばあちゃんはこんなことをしてたんだよ"なんてね。でも、1000年後というと、もう人類みな兄弟って感じ、自分の家系とかすっとばしてしまうと思うんですよ。1000年の話をしていると、もう私利私欲は消えて、そういう話じゃないよねってことになってくるのです」

まずは、目の前のことに一生懸命になること、地域の方にできること、そしてホテルの想いがこめられた一冊のノートが届くことで、その国の20年後が変わるかもしれない、そうすると100年後が変わって、1000年後がきっと変わっていくという思いが鶴岡さんの根底にあるのだ。

「生き方や道はひとつじゃないと思います」

■鶴岡さんは、今までアパレル販売、外資系コンサル、インターネットベンチャー、と様々な仕事を経験されて実績を残されてきていますが、このホテル事業にはどうやって至ったのですか?

周囲からはキャリアに脈絡がないとは言われますが(笑)自分の中にはあるのです(笑)。私は10歳のときに経営者になろうと決めていました。その理由には勉強嫌いだったこともあります。

私、「人生ゲーム」が好きで、ご存知の通り「人生ゲーム」って紆余曲折があって最後にお金を一番稼いだ人が勝ちというゲームですよね。こうやって説明するとえげつないゲームですが、私の中には父親が事業をやっていたこともあってお金に対する負のイメージはなくて、売上があがる、利益が出るっていうことは、あなたの会社で助かったよとか、サービスがよかったよっていう気持ちがお金で投票されているのだと考えていたのです。

人生ゲームも、最後お金が一番貯まったということは、その人は世の中のためになったに違いないみたいな思いを持っていて、とても面白かったのですね。だから早く大人になって、世の中に出て仕事をしてみたい、経営してみたいという思いを持っていたのです。自分らしいやりかたで、投票がたくさんもらえるような仕組みを作りたい。会社とはそんな投票を得るための仕組みと思っていましたので、特に業種とか何の事業といったこだわりはなかったのです。

鶴岡秀子 氏

新入社員時代に、洋服売っているときも苦節何年なんて気持ちは微塵も無くて、それはそれで120%楽しんでいました。コンサルも120%楽しかった。でもコンサルタントとしてお客様の会社にアドバイスをすることと、自分が経営陣として事業をやってみるのは違うと思っていて、ちょうどそのとき出会った仲間3人で会社をやってみようということになり、ITベンチャーを立ち上げることにもなったのです。

よく目的と目標を取り違えてしまう人っていると思います。私の場合は、最初のアパレルの会社では、バイヤーを目指していたのですが、ある日、人事部の方が来られて、「鶴ちゃん、バイヤー希望だったと思うけど経営企画室から来て欲しいっていう声があるんだよね、どう思う」って聞かれて。流通業界であれば、バイヤーとしてお取引先とのお付き合いを学ぶことが大切だと考えていたのですが、私の目的は最終的には経営者になることです。

もしも経営企画室に行くことができれば、社長が社内に話すための資料を自分が作ることができる。そうなったなら、それはもう自分はミニ社長だなと思って、経営企画室に行くことを決めました。もし目的と目標を混同していたら「私バイヤー志望なのに、経営企画に異動になりそうなの、この会社辞めようかな」って、友達に電話しちゃうかもしれませんよね。

人生の目的が定まっていると、その時々の流れに逆らわずに、自分を必要としてくれている人のところで何か自分が提供できるものをしながら、ちゃんと目的に近づいていくこともできると思っています。道は一つじゃないのですね。

「どんな事業も大変なことに変わりはないから、一番やりたいものをやったほうがいい」

そして最後にホテルにたどりついたのですが、さすがにこの事業を始める際には、改めてもう一度自分に問い直してみました。「ほんとにホテルでいいのかな?」と。「なんの制約もなしに考えました。年齢も性別も資金も能力も関係なく、自分がなりたいものに何にでもなれるとしたら何をしている時が一番ワクワクするのだろう?と考えました。大学教授にもパイロットにもなれる、ダンサーにもなれるし、自分がなりたいものになんでもなれるとしたら、一体何がしたいのだろう」と。

いろいろな考えが浮んできて、例えば、うちの息子を預ける場所がなかったから保育所を作ろうかという考えもありましたね。でもそうしていろいろ考えて出てきた中で、一番難しかったことがホテル事業だったのです。だから踏み出してみたい。どうやったら伝説のホテルができるのか?自分でもわからない、でもわからないことに踏み出したときにすごいものができるかもしれないと思ったのです。

だから今も一段階段を上ると次の一段が見えて、一段上ると一段見えるという感じで進んでいます。

講演すると、本当はある事業をやりたいのだけど、「とりあえず別の事業をやって成功してから」とか、「とりあえず資金を貯めないと」といったことを相談にこられる方がいらっしゃいます。そんなときは「どのみち大変だから、一番やりたいものをやったほうがいいですよ」と答えるようにしています。

本当はこっちをやりたいのに、まずはこれなんていうのは難しいと思います。なんでかというと、その前置きのように始めた事業を死ぬ気でやっている人が、世の中に山ほどいるからです。そんな世界で勝ち抜けるほど世の中甘くはありません。それにベンチャー企業なんて何一つ思い通りにいかず、逆に思い通りにいかないことだらけですから、どうせなら一番やりたいことをやったほうがいいと思うのです。うまくいかなくなったときに、「本当はこっちをやりたかったんだ」なんて言い訳したくないじゃないですか。

自然とお客様同士の接点が生まれる、スタッフがお客様同士を紹介する、そんなサービスもしていきたい

■ホテル事業に決めることができた最大の理由はなんですか?

やっぱり一番やりたいことだったし、私自身が人が好きなのだと思います。ホテルはお客様が2日、3日滞在されるわけですから、本来はたくさんの接点が持てるはずです。でも最近はチェックイン、チェックアウトしか接点のないホテルが多くなってきているのも事実ですから、それを変えていきたいと思っています。

今、日本のホテルが右へならえで、こぞって外資系のホテルを目指していますが、実は海外のラグジュアリーな方々が目指しているものは、日本の旅館にある「おもてなしの文化」だったりするのです。もともと日本には素晴らしい文化が存在するのに、日本人は変にブランド好きだったりして自分軸を失っているところがあると思います。

外国のホテルのいいところは見習いますが、私達はもっと原点回帰し、和のテイストも取り入れて、外国の人が来たら「ああ日本だな」って思ってくれて、日本人の人が来たら、「新しい日本だな」って感じてもらえるホテルとサービスを目指していきます。

建設予定地

共有スペースをたくさん設置することで、自然とお客様同士の接点が生まれたり、うちのスタッフがお客様同士を紹介する、こんなサービスもしていきたいと思います。これはちょうど曲を合わせていくディスクジョッキーならぬ、人と人を結び、マッチングさせていくマンジョッキーだと言えます。

また、違う言い方をすれば「大人の社会貢献付き高級公共宿」と言うこともできると思います。私達のホテルには、大事にしている「7つの教え」というものがあるのですが、「そんなもの面倒くさい」という方々ではなく、逆に「それいいね」と言って集ってきてくれて、自分達の泊まるという行動が何かにつながっていくことを感じることができる人達が集い、そういう人同士が知り合いになれ、ネットワークが広がっていくホテルができたらすごく素敵だと思います。

夢を語ると「夢の片棒担ぎますよ」という人たちが現れてくる

■来年末にホテルが完成した後は、鶴岡さんはどんな役割を担っていかれるのですか?

私は仕組みを作っていくことが好きなので、このホテルをもっと日本や世界に広めていく活動をしていると思います。もちろんホテルの現地にたくさん足を運ぶと思いますが、ホテルの運営基盤をつくった後は優れた方にお任せしたいと思っています。

世界にもどんどん出て行って、伝説のホテルをアピールしていきたいと思います。この事業はとても大きなプロジェクトで多くの方々に関わって頂いておりますが、私の役割はく夢を語ることです。すると、現れてくれるのです、「夢の片棒担ぎますよ」っていう人たちが。本当にありがたいことだと思います。

今後、もしも私達と同じようなスキームで経営される会社が出てきたとしても、それは大歓迎で、もっと他の業界でも広まってくれればいいなと思います。

自分達の資産を囲い込むのでなくて、分かち合っていくという発想で、これがいろんな業界に浸透していったら、世界の様々な問題は、あっという間に解決されてしまうのではないかと考えています。ぜひ応援して下さい。

最後に、素晴らしいプロジェクトメンバーに恵まれていることに心から感謝をしています。

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Seven principle ~7つの教え~

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